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ⅩⅢ 名無し タロットの宇宙に魅せられて  

自我による思考を停止して、
魂への旅をするⅩⅡ.吊るされた男。

ⅩⅢ名無しのアルカナは、
その自我そのものを消滅・再生させようとする。
名無しが現すのは、肉体の滅亡だけれど、
自我にとって無我の意識に戻ることはそれと同等である。


自我は次々と問題を作り出し、
それをクリアしては自分に存在価値を付加していく。
そして、自分の存在価値を見出したものごとを、
手放すのが滅茶苦茶苦手だ。

自我はそれがなければ、生きていても意味がない、とみなしてしまうのだ。

ただ、それを手放した先にこそ、
あらゆる可能性、無限の可能性の宇宙が広がっているのだと、
ⅩⅢ.名無しのアルカナは知っている。

生と「し」は裏表、わたし達は生と「し」の裏表の現れなのだ。
「生は幻想のダンスだ」と
アレハンドロ氏はこのアルカナに語らせているけれど、
生という幻想のダンスを踊って、わたし達に見せているものこそが、
ⅩⅢ.名無し(「し」)なのかもしれない。


だとしても、自我が何も知らずにその生を貪っていたとしても、
大いなるすべては、明滅する星のアカリほどの確かさと儚さで、
それこそすべてを消滅しては再生し、
永遠にそれを繰り返している。


わたし達が眠りこけていたとしても。


そしてある時、突然、ⅩⅢ.名無しのアルカナは
わたし達の肩を叩くのだ。


ポンポン、と。



そろそろ目を覚ませ。あんたに戻る時間だぜ、と。



 ※ 文中の「し」は「死」の置き換えです。



今日もお越しいただきありがとうございます。


Have a good night!!


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