タロットカードに一蹴されること

f:id:towa-nakajyo:20170901201228j:plain (画像はイメージです。)

 

今朝のこと、あることを観てみようとタロットを引きました。

 

出たカードを見て、そんなぁ……、と思わず。(笑)

なんだか自分が思っているのとはちがう応え。

 

心が整っていないそんな時は、
どうしても自分の思いが正しいのだという読み方を、
タロットに対してしてしまいます。

 

そうすると、ますます混乱していきます。

 

いけないこととは解っているけど、もう一度カードを引いてしまいました。

 

すると……出たカードで、

「傲慢なやつ!」  

と、カードに一蹴されてしまい、我ながら苦笑。

 

 

どんな風にでも読めるよ。後付けで何とでもなる。
こじつけさぁ。

 

タロットを知らない時にはそう思っていたこともありました。

 

でも、知れば知るほど、馴染めば馴染むほど、
タロットカードは、自分が隠そうとしている心理を
サラッと目の前に披露してくれる、
そんな素晴らしいツールだと思わずにはいられなくなりました。

 

それはカードを一目見た時に直感で現れます。

だから、今心がけていることは、
日々心をクリアにして在ること。
目覚めて生きることは、
やらなければならないことではなくて、
一生かけて、ただやり続けることになってしまいました。


思えば人生で何度も、
いえいえ、毎回、かな? やっている

 

「いや、それはちがうよ」、

 

という思いつき(インスピレーション)への反論。

 

わたし達がインスピレーションに対してやっていることは、

「やる」か「やらない」かのどちらかしかありません。

 

受け入れるか受け入れないか。

 

それはいわゆる、宇宙からの依頼を
受け入れるか受け入れないかともいえるし、

 

宇宙は、言い方によって神だったり、大いなる存在だったり
ハイヤーセルフだったりするのですが、

 

どれも、わたし達本来の心の願いを届けてくれるものです。

 

 

「やらない」選択をするとき、
そこはかとない無力感に、わたし達は襲われます。
その無力感を隠してしまうことは多々あります。

 

もちろん、「やる」選択をしても、
そこはかとない無力感は、後を追ってくることがあります。


そこはかとない何か。
とても不気味で、わたし達から力を奪ってしまうもの。

 

怖れや、不安や、自己否定や、過度の期待を
わたし達は見えないと思っていたり、
見ようとしないでいます。

 

隠し持っていることに、
どこかで気付いているかもしれません。

 

そんなそこはかとない無力感を、
カードは明らかに示してくれます。

 

明らかにすると

物事はわたし達から力を奪ったりできません。

 

自己否定、不安、怖れ、期待、あっていいんです。
無いと思い込もうとしていること、隠そうとしていることを、
わたし達はただ知るだけでいいのです。

 

それをカードが明らめてくれるのです。


疑心暗鬼になって、やってきたインスピレーションを
受け入れることができなくなる、

 

なんてことが無いように。

 

 

 

 

今日もお越しいただきありがとうございます。

 

 

 

 

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