初京極夏彦氏の本(百鬼夜行シリーズ)と脳の話し

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夏の名残、秋の気配のこんな頃に、あやかし(妖)の話が読みたくなって、
本を買いました。

どんな話が出てくるのか楽しみにして読み始めたら、
何と序盤に脳と意識の話が……。


がっかり、ではなくて、
思わぬ贈り物をされた驚きと喜び、というのかしらん。
妖の話が読みたいという欲求はそっちのけで、
話にのめりこんでしまいました。


京極夏彦氏といえば、思い当たる人もいるかもしれませんね。
京極堂シリーズの始まりの巻。姑獲鳥の夏。

京極氏の本は、興味を持っていたのになかなか読めず、
初めて手に取ったんです。(;´∀`)


ストーリーの始まりからしばらくして、
主人公の京極堂と関口の会話は、
人間の脳と意識がどうやって現実を作り出すのか、
脳はどうやって意識を騙すのか、
現実と仮想現実を見分けることが人間にはできないよ、
なんてことなどから始まって、
量子力学の話へと進みます。


それは、文庫本最初の32ページ分を費やして続いていました。

もちろん、その後にも記憶や意識や夢や……、
要するに人間が生きている間に行う認識活動について
いろいろな話が散りばめられていまして、
それなりに興味深いのです。


事件解決に至る様々な人間模様の中で、
昔から伝わる不可思議な人間社会の心理、
たとえば民間伝承における怪異現象とか、
家系的な遺伝資質、
それにまつわる村八分についてなどが、
これらの解釈によって面白くなっています。

人の思考や意識が、どのように人生や社会にとけこみ、
知らず知らずに操作し、
幸や不幸に関する後付けの歴史を形作っていくか、
みたいなところが、やんわりと語られていたりするのが、
私は好きでした。


参照抜粋して一部分を記載させていただくので、
興味のある方はどうぞ。
あ、抜粋引用部分は、脳関係だけです。


長いです。まんま引用させて頂いています。

※「」部分は京極堂 『』部分は関口のせりふです。


******************************

「つまり人間の内に開かれた世界と、この外の世界だ。外の世界は自然界の物理法則に完全に従っている。内の世界はそれを全く無視している、人間は生きていくためにこの二つを上手く添い遂げさせなくちゃならない。生きている限り、目や耳、手や足、その他身体中から外の情報は滅多矢鱈に入って来る。これを交通整理するのが脳の役割だ。脳は整理した情報を解り易く取り纏めて心の側に進呈する。一方、内の方では内の方でいろいろ起きていて、これはこれで処理しなくちゃならないのだが、どうにも理屈の通じない世界だから手に負えない。そこでこれも脳に委託して処理して貰う。脳の方は釈然としないが、何といっても心は主筋に当たる訳で、言うことを聞かぬ訳にいかない。この脳と心の交易の場がつまり意識だ。内なる世界の心は脳と取引して初めて意識という外の世界に通じる形になる。外なる世界の出来事は脳を通して訪れ意識となって初めて内の世界に採り込まれる。意識は、まあ鎖国時代の出島みたいなもんだ」



「脳味噌というのは層になっている。皮が幾重にもなっている饅頭のようなものだ。これは下へ行くほど発生が古い。餡子のところは一番古い。動物の脳だね。これは主に本能というヤツを司る。本能は、生まれつき備わっていると考えがちだが、これも胎児の頃に親から掠め取った情報、つまり学習した記憶だと考えた方が筋が通る。胎児にだって脳はあるからね。夢も見る。最低限生きていくのに必要な知識は何らかの形で親の脳から戴くのさ。まあ動物の場合、この最低限の脳のままで一生を送る訳だ。しかしそんな脳でも外からの情報を一手に引き受けて処理していることに変わりはない。生意気にそんな脳でも働きは人間様と同じなんだね。つまり動物にも脳の取引相手である心というか、自我はある訳だ。これは人のそれとそう変わらない。しかし決定的に違うのは言葉がないというところだ。だから脳と自我の交流の場である意識も、人間様のように明瞭には行かない。過去や将来という時間の認識もない。今現在しかない。胡乱(うろん)だね。しかし生きる上での支障はない。この脳がそっくり餡子のように収まって人にも残っている」

『なる程、その古い脳と心との交易が潜在意識だという訳かい。明瞭には認識できないが、いつもはあることはある訳だな』



「はっきりしていることは、脳が<税関>の役割を果たしているということだね。目や耳などを通じて外から入って来た情報の凡てを、脳という税関は確実に検閲している。そして納得の行くものしか通さない。検閲に通ったものだけ意識の舞台に乗ることができる」

『通らなかったものはどうなるんだ?』

「意識の舞台に乗らぬまま記憶の蔵に仕舞われるのさ。さて、この検閲の際に基準となるのも、また記憶だ。これも脳が都合の良い在庫を引っ張り出してきて検品するわけだ。検品が済めば新旧合わせてまた蔵へと戻す。
ここでだ。この完全無欠の税関が、不正を働いたり、まがい物を輸入したらどうなると思う? 意識の舞台を見ている客は、すぐにそれが偽物だと分かると思うかい?」

『いや解らないだろうね。しかしなんでそんな不正を働く人ようがあるんだい? 何の得もないじゃないか』

「得というのとは少少違うが、まあ不手際を繕う訳だよ。例えばね、まず、記憶の蔵にちょうど良いサムプルが発見できなかった場合だな。これでは検閲が巧くできない。ちょっとぐらいのズレなら修正もできるが、如何にも在庫とかみ合わぬときがある。これは信用問題だからね。客は絶大なる信用を寄せている。さっきも言った通り、記憶の蔵が空っぽだったり、信用できないなんてことになったら一分と生きていられないんだ。この信用は裏切れない。嘘でも客を丸め込もうとするだろう。それからもうひとつ。客が入荷した品に満足しない場合だ。客はときに我儘をいう。そこで蔵の中から見合った在庫品を引っ張り出して来て、恰も今入荷したかのように誤魔化す訳だ。これも、客は新鮮なものと一切区別はつかない。しかしどうにも辻褄が合わぬことになる。入荷してないのに出荷するんだからね。帳簿が合わなくなるわけだ」

『客――心は、いったいどんな我儘をいうというんだね』

「例えば死んだ人間と逢いたいとかね」

『そうか。それが幽霊か』

「まあ、それだけじゃないが、だいたいそういうことだね。これはその人の心にとってみれば――と、いうより内側の世界では絶対に現実のものと区別はつかないよ。いうなれば、これは仮想現実とでも呼ぼうかね。いやその人個人にしてみればまさに現実さ。現実そのものだってまったく同じように脳の検閲を受けて入って来るんだからね。我我は誰一人として真実の世界を見たり、聞いたりすることはできないんだ。脳の選んだ、いわば偏った僅かな情報のみを知覚しているだけなんだ」

『――心が望みさえすれば、その仮想現実とやらは見えたり、聞こえたりするものなのかい?』 

「見ようとして見られるものではないさ。見よう、と思ったってことはその時点でその気持ちは意識されている、つまり脳に知れている。知れているんだったら脳はもっと簡単な方法を選ぶよ。そんなことはあり得ませんという証拠の記憶を蔵から出してくれば、何も嘘を吐かなくたってすむじゃないか」

『つまり無意識に望んでなくてはいけないのか』

「そうさ。そうして已むを得ず噓を吐いてしまった脳は、その後辻褄合わせの帳簿の改竄(かいざん)を始める。プライドが許さんのだ。脳は自然科学の通用する世界に存在するものだからね。かくしてこの世界に怪異という言い訳と宗教という自己弁護が誕生したのだ」



「――位置を決定すると、その途端に運動量は無限大に不正確になる。運動を図ると今度はどこにあるんだか解らない。つまり観測して決定してやるまでは正しい形はない、ということだね。これは即ち観測者が観測したそのときに、初めて観測対象の形や性質が決まるという、そしてそれが決まるまで対象は確率的にしか捕らえることができないという、およそ自然物理学らしからぬ結論だ。それに従うとね、壺の中身は僕が明けた時に初めて干菓子という性質を獲得したということにもなる」

『それは本当に学者が出した結論かい? それが本当だとすると、僕らの日常生活はなんだか不安だらけじゃないか。つまりは見ていないところではどうなってるのか皆目見当がつかぬ訳だろう。世界が寒天でできてるみたいじゃあないか』

「――とにかく量子力学は<主体と客体は完全に分離できる>というデカルト以来の当り前を疑わざるを得ない状況を造り出す。何故なら<観測する行為自体が対象に影響を与える>という、これまた考えようによっては当たり前のことが起きてしまうからだ。正しい観測結果は観測しない状態でしか求められないのだからね。そして、量子力学が示唆する極論は――この世界は過去を含めて<観測者が観測した時点で遡って創られた>だ」

「それだって観測するまでは確率にしか過ぎないのだよ」



*************************


他にも興味深い解説部分は散りばめられていて、

わたしにとってはなんともタイムリーな本だったのです。

これだけでは、なんのこっちゃらさっぱり……、になっちゃったかな。

興味のある方は、ぜひ素晴らしい解説を、本で読んでみてください。

あ、内容については、
もっとわかりやすくあらすじや感想を書いてくださっているので、
そちらをお読みください。


ブックレビュー2 ネタバレあり
ブックレビュー3 ネタバレあり





今日もお越しいただきありがとうございます。






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